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【読書記録】朝比奈秋著『サンショウウオの四十九日』感想「決して悲しいお話ではなく、静かな癒しと小さな希望の物語」

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朝比奈秋著『サンショウウオの四十九日』を読ませていただいた感想および読書記録です。

『サンショウウオの四十九日』はこんな人におすすめ!
  • 「ベトちゃん・ドクちゃん」でピンと来る人
  • 意識とはなにか?自分とはなにか?を考えるのが好きな人
  • 「喪失」を経験し、その意味を見つめたい人
  • 読書から遠ざかっていたけど、何か心に響く一冊が読みたい人
記事のポイント

『サンショウウオの四十九日』は決して悲しいお話ではなく、静かな癒しと小さな希望の物語です。最近、読書から遠ざかっていたけど、何か心に響く一冊が読みたい!そんな人におすすめです。オーディブル聴き放題対象作品です。

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作品情報と読書記録

著者:朝比奈秋

朝比奈秋(あさひな あき)さんは、現役の医師(消化器内科医)という異色の経歴を持つ、現在最も注目されている小説家の一人です。その才能はデビュー直後から高く評価され、純文学の主要な新人賞・文学賞を次々と受賞しています。

1981年生まれ。京都府出身。30代半ば頃から小説を書き始め、純文学の新人賞に約5年間、約30作を応募し続けた苦労人でもあります。創作への衝動が強く、勤務医を辞め、現在はフリーランスの非常勤医師として週に数回の診療を行いながら執筆に専念しています。

2021年、『塩の道』で第7回林芙美子文学賞を受賞し、デビュー。へき地の高齢者医療をテーマにした作品です。2023年、『植物少女』で第36回 三島由紀夫賞を受賞。同年、『あなたの燃える左手で』で第51回 泉鏡花文学賞、第45回 野間文芸新人賞を受賞。2024年、『サンショウウオの四十九日』で第171回 芥川龍之介賞を受賞。デビューからわずか数年で、日本の純文学の主要な新人賞・文学賞を立て続けに受賞するという、異例の快挙を成し遂げています。

作品情報

新潮社
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単行本、文庫本

2024年7月12日(金)に新潮社より刊行。第171回芥川賞選考会(2024年7月17日)の直前に発売されました。2025年11月現在、文庫版はまだ発売されていません。

電子書籍

Audible配信から約5ヶ月後、単行本と同時に電子書籍発売。Kindleほか各種電子書籍配信サイトにて購入できます。

オーディオブック

2024年5月17日からAudibleで配信開始。本作品は、他のメディアよりも先にAudibleで配信が開始されるオーディオファースト作品でした。累計で1,000件以上のレビュー、平均4.6以上(5点満点)の高評価がつき大反響があった作品です。オーディブル聴き放題対象作品です。また単品購入も可能です。

配信サイトオーディブルaudiobook.jp
制作Audible Studiosオトバンク
ナレーター疋田涼子疋田由香里
再生時間4時間37分4時間31分
配信日2024/12/62025/9/15
聴き放題対象対象
単品価格1,750円1,870円

オーディブルのナレーター疋田涼子さんと、audiobook.jpのナレーター疋田由香里さんとさんは実の姉妹です。プロのナレーターとして活動されているこの姉妹が、別々のプラットフォームで同じ芥川賞受賞作『サンショウウオの四十九日』の朗読を担当するという、非常に珍しい状況となっています。

本作は、結合双生児の「杏」と「瞬」という二人の姉妹の意識が入れ替わりながら語られるため、ナレーターの「語り分け」が非常に重要なポイントとなります。この姉妹がどのように二人の声を演じ分けているかを聞き比べるのも、オーディオブックならではの楽しみ方と言えます。

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読書記録

わたしは2025年10月にaudiobook.jpの聴き放題で聴き、その後オーディブル版も聴きました。

『サンショウウオの四十九日』のあらすじ

結合双生児である、杏(あん)瞬(しゅん)の姉妹の物語です。結合双生児であるふたりは、一つの身体を共有しながら、それぞれが独立した二つの意識を持ちます。彼女たちの日常と、その周囲の家族との関係性を軸に物語は展開します。

喪失と期間

物語は、杏と瞬の叔父である勝彦(かつひこ)の死をきっかけに始まります。

叔父の葬儀から納骨までの四十九日という期間、姉妹は悲しみと共に、家族の歴史と自分たちの存在の意味について深く向き合うことになります。

家族の秘密

物語の核心は、亡くなった叔父・勝彦と、杏と瞬の父・若彦の出生の秘密にあります。

実は父・若彦は、叔父・勝彦の体内から摘出された「胎児内胎児」として生まれました。この事実は、杏と瞬の「二人が一つ」という特異な存在が、血族の歴史の中で繰り返された「繋がり」の系譜にあることを示唆します。

叔父の四十九日までの期間は、この秘密が家族全員に静かに共有される時間となります。

テーマ

特殊な身体を持つ姉妹を通して描かれるのは、「私とは誰なのか?」「自分と他者の境界はどこにあるのか?」という、私たち誰もが抱える根源的な問いです。

家族の中に受け継がれてきた「血の繋がり」や、愛する人を失ったときの「喪失と再生」の過程が、詩的で哲学的な文体で静かに語られます。

これは、生と死、そして自己の定義を巡る、静かで深い思索の物語です。

『サンショウウオの四十九日』の主な登場人物
  • 濱岸 杏(はまぎし あん):姉、主人公の一人結合双生児の姉妹。一人称は主に「私」。
  • 濱岸 瞬(はまぎし しゅん):妹、主人公の一人結合双生児の姉妹。一人称は主に「わたし」。
  • 濱岸 若彦(わかひこ):杏と瞬の父親。50代の会社員。兄・勝彦の胎児内胎児として生まれ、手術で取り出されたという特異な出生を持つ。
  • 濱岸 勝彦(かつひこ):杏と瞬の叔父。父・若彦の兄。岡山の大学教授で、哲学を専門としていた。
  • 杏と瞬の母親:杏と瞬の母(若彦の妻)。パート勤め。
  • 濱岸 達治:杏と瞬の父方の祖父。
  • 濱岸 津和子:杏と瞬の父方の祖母。

『サンショウウオの四十九日』の感想

じんわりとした悲しみ

物語の舞台は、とある街の片隅。主人公は、ある日突然、大切なものを失います。その喪失から立ち直ろうとする姿、悲しみを抱えながらも前に進もうとする静かな強さが、私の心に深く響きました。

特に、日常の中のふとした瞬間に、亡くなった誰かや何かを思い出してしまう描写。あれは、誰もが経験する「じんわりとした悲しみ」そのものでした。派手な展開があるわけではありませんが、1行1行、言葉と言葉の間から溢れる感情の機微に、何度も胸が締め付けられました。

サンショウウオとは誰のことか?

サンショウウオ、あるいはその異名を持つ「オオサンショウウオ」は、古来より陰陽図(互いの尻尾を追いかける二匹の魚、または太極図)と結びつけられることがあります。杏と瞬は、一つの身体を共有しながら、二つの意識が互いを追いかけ、補完し合う関係にあります。この「一つにして二つ」という存在様式が、サンショウウオが持つ生命力、そして両極の結合というイメージに重ね合わされています。

「サンショウウオ」は、主人公である杏と瞬の姉妹の特異な身体のあり方を象徴しています。

また、叔父・勝彦は、父・若彦を胎児内胎児として自身の体内に宿していたという特異な出生を持っています。これは、結合双生児である杏と瞬の「二人が一つの体」という状態と、構造的な共通性を持っています。この「胎児内胎児」という、分かちがたく一体化していた生命の形こそが、サンショウウオの持つ「一つにして二つ」「融合」という象徴的な意味合いを、家族の血族史の中で具現化したものと解釈できます。

「サンショウウオ」は、物語の中核をなす象徴的なモチーフであり、特定の誰か一人を指すわけではありませんが、『サンショウウオの四十九日』とは、叔父の死をきっかけに顕在化したサンショウウオ的生を巡る四十九日間の物語、と解釈することができるのではないかと思います。

意識とは?自分とはなんなのか?

私たちは身体を通じて世界を経験しますが、『サンショウウオの四十九日』の結合双生児、杏と瞬は一つの身体に二つの意識を持ちます。これは、「自分」が特定の肉体や脳の物理的な機能だけではないことを示唆します。

「周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。」

これは、結合双生児という特殊な生が、主人公たちにとっては「当たり前」の日常であるという、物語の前提を示す重要な一文です。

そして身体だけでなく、意識や精神までもを共有する姉妹だからこそ辿り着く、自己同一性への根源的な問い。

「自分の体は他人のものでは決してないが、同じくらい自分のものでもない。思考も記憶も感情もそうだ。」

哲学者デカルトは「我思う、ゆえに我あり」と述べ、意識を自己の根拠としました。しかし、物語終盤で、杏と瞬は、意識が希薄になる「意識の死」の危機に直面します。

「医者たちがどれだけ脳を研究しても意識は見つからないだろう。意識は脳にない。」

これは著者が医師であるという視点も踏まえ、肉体と意識の関係を根本から問い直す、非常にインパクトのある表現です。

この小説は、意識は「孤立した脳」にあるのではなく、「他者との関わり」という見えないネットワークの中で生まれ、維持されている可能性を示しているのだと思います。自分=意識ではあるが、その意識は特定の「脳」に閉じるものではなく、絶えず他者との関係性の中で揺れ動いている流動的なもの、ということを言いたいのでではないでしょうか。

ちょっと難しい話になってしまいましたが・・・

『サンショウウオの四十九日』は、決して悲しい物語ではありません。むしろ、読み終えた後に残るのは、「静かな癒し」と「明日を生きるための小さな希望」です。

日々の暮らしや、仕事や人間関係など、何かと心に重りを抱えがちな現代人にとって、この本は心のデトックスになるはず。物語を通して、自分自身の「大切なもの」について、ゆっくりと静かに考える時間をもらいました。

まとめ

『サンショウウオの四十九日』は決して悲しいお話ではなく、静かな癒しと小さな希望の物語です。最近、読書から遠ざかっていたけど、何か心に響く一冊が読みたい!そんな方に、自信を持っておすすめします。

ぜひ、この特別な物語をぜひ聴いてみてください(または手に取ってみてください)。

『サンショウウオの四十九日』はオーディブル聴き放題対象作品です。

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